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デジタル世代のフィルム神話
鉄道カメラマンの中井精也さんが、フィルムの頃はミスがないように何重にも安全対策をしながら撮影していたとXに投稿していた。 それは私もそうだったのでよくわかる。 カメラは常に最低2台持ち。メインカメラはブローニーで、35ミリで押さえを撮るのは常のことだった。 現像も、たまに事故があるので一度には流さず、分けて現像したりとか、とかく注意が必要だった。 中でも、細かい粒子と鮮やかな発色が美しいベルビアというフィルムは、とにかく安定性の悪いフイルムで、気に入った乳剤番号のロットがあれば、それをまとめて取り置きしておかないと、大変なことになるようなフイルムだった。 アシスタント時代、ロケで2週間ほど九州にいっぱなしというときに、私の師匠の手持ちのベルビアが底をついたことがある。 仕方なく、熊本のクリエイトで補給したが使いつけの乳剤番号のものではなかった。 不安に思いながらも撮影し、現像してみるとGカブリがひどかった。これではまともに使えないと、師匠は東京のクリエイトに電話をし、使い付けの乳剤番号のものを熊本に送ってほしいと伝えたが、中2日かかると言われて、
2 日前


空々しいロマンチック
連日Xのタイムラインやネットのニュースを賑わわせているエプスタインファイルのニュース。 日本のマスコミはなぜかあまりその話題に突っ込まないが、2月19日は英国のアンドルー王子が逮捕されたというニュースが流れてきた。 リストには秋篠宮殿下の名前もあるらしく、まだまだ物議を醸しそうだ。 エプスタインファイルに関することはあまりきちんと読んでいないので、言及することを控えるが、金と地位を得た男にとって、セックスがこれほどまでに褒章として扱われることにうんざりする。しかもそれが少女買春というのだから、人の欲望の闇はどれだけ深いのだろう。 さて、ここからが本題。 この事件に関連して流れてきた「ヤリ部屋」の画像に私の眼は釘付けになった。 投稿者はlynxさんと言う方。 その方が投稿したベッドルームの写真が、千葉の流山インターの近くにあるホテルブルージュの部屋にクリソツなのだ。 コメントを引用する。 「なぜエロジジイが考えるロマンチックな“ヤリ部屋”=場末な田舎の城ラブホなのか。。 その最上級を見ている気分。香りたつダサさとエゴと傲慢さ。。金で全てをブン殴り、
2月21日


フリーランス受難の時代
AIに仕事を奪われたwebライターのXの記事がバズっていたが、どうやら釣りだった様子? しかし、釣り投稿であったとしても、書かれていたことはフリーランスクリエイターや、フリーランスに仕事を発注していた企業の人たちにとって現実味の強い内容であった。 かく言う私も件の記事はわかりすぎるほどわかる内容だった。記事を書いていた方は飯田さんと名乗っていたので以後、飯田さんと書かせていただく。 飯田さんはご自分のことを「地頭が悪い自覚がある」「フワッとした指示を受けても、その裏にある意図を汲み取れなかったり、優先順位を間違えたりして、いつも的はずれなアウトプットを返してしまう」( https://x.com/writer_eda1997/status/2021490982659731716より引用)と書いていた。 ああ、これ! いるよ、いるんだよ、こういう人ほんとに! 情報誌で飲食店や観光地、宿泊施設の取材をしていた頃、こういうライターに遭遇することがあった。 そういう取材はライターがディレクションするのが通常なので、カメラマンである私はライターの指示を待つ
2月13日


木嶋佳苗死刑囚のブログに思ったこと
今週の気になった話題は「木嶋佳苗死刑囚のブログの再解釈」 XのTLに流れてきたpostから興味を持ち、木嶋佳苗死刑囚のブログでXに引用されていた文章を読んでみた。 興味のある方は切り取られたものではなく、御本人の書かれたものを読んでみることをおすすめする。 「木嶋佳苗の拘置所日記」 http://blog.livedoor.jp/kijimakanae/?p=14 (このnoteを書くに当たって私が読んだのは2014年1月1日と1月3日分のみ) まず、私がその文章から感じたのは強い女性嫌悪だ。 なぜ、こんなにも女性を嫌悪するのか。 私にも木嶋佳苗死刑囚が書いているのに近い感情を持っていた時期があるので、この文章には「うん、うん、そうだよね」と言ってしまいたくなる箇所がある。 実際、世の中には一般的な社会常識からはみ出してネガティブな行動をしている女―特に性に奔放な振る舞いをしている女―を勝手に崇めたり、同一視することで自己肯定感を満たそうとする女がいる。 自分のことを言えば、飲食店で個展をやっていた頃は、私が写真で食えるようになるための努力や、自
2月7日


フリーランス40代の壁ークリエイター受難の時代
今週の気になった話題は「フリーランスは40代で詰む」という話題。 トレンド入りしているこの話題はフリーライターのことを言っているようだが、多分、どの業種でも同じことが言えると思う。 というのも、私自身が40代の時に壁を感じたし、自分の周りの人のことを思い出してみれば、30代前半で法人化して一等地にオフィスやスタジオを借りて華々しく開業した人が、ことごとく40代後半になって事業を畳んだり縮小したりしていた。 こうなる背景には、日本全体の不況は元より、出版、広告の紙媒体の衰退がある。 私が独立した1993年の時点で、こんなにも早くフイルムを使わなくなってしまうことや、雑誌が少なくなることは予想もしていなかった。 私の仕事が最も忙しかった2000年代前半の時点では、デジタルカメラの性能はまだまだだったし、web媒体でもきちんとした写真を載せたいと考えるクライアントはポジ納品を要求していた。 写真原稿がデータ入稿に完全移行したのが2007年ごろ。 その頃からフイルム代、現像代は支払われなくなり、都内に数多あったプロラボもどんどん無くなり、提示される報酬の
1月31日


AVのやたら長いタイトル考
いつからこうなったのだろう、最近のAVはやたらとタイトルが長い。 この理由は諸説あるが「タイトルを読むだけである程度内容が把握できないと課金にまで進まない」という説明がしっくり来る。 私の世代だと初めて見たAVはレンタルだったという方が多いかと思うが、イマドキは配信が多いせいか、その辺の事情はよく知らないのだが、これがタイパというものなのだろうか。 河原でエロ本を拾ったり、通学路にあったロマンポルノのポスターで妄想を膨らませていた身としては、タイトルから妄想するという「遊び」がないほうがつまらないと思ってしまうのだが、そういう感覚はもう、昭和の老人の感覚ということになってしまうのだろう。 それにしても 「ド淫乱な人妻が、NTRプレイで本気汁ぐっしょり。夫の眼の前で白目剥いてのエンドレスアクメ」 などと言われても、タイトルだけでおなかいっぱいだ。パッケージのデザインとしてはその長いタイトルをただタイトルとして配置するのではなく、散らして配置しているので、メイン女優のまわりに扇情的な文字が踊っているという感じだが、これ、企画会議のときなんかは、いちい
1月24日


AVは私たちに何を見せているのか
1月16日のXで、AVが怖いという人の投稿がバズっていた。 「AVが怖い」 この感覚、私もわかる。 その投稿に対して、男優のしみけん氏が「知らないから怖いんです」と投稿しているのを見て、こういう人には「黒川の女たち」に登場する被害者の気持ちは一生わからないのだろうなと思ってしまった。 先週のnoteにも書いたが、最近、私はエロコンテンツを見るのが辛い。 子供の頃、お笑いとしてお茶の間に流されていたバカ殿のエッチなギャグも、今見ると笑えないし、新人アイドルがおっぱいポロリをさせられていた水泳大会も思い出すと痛々しい。 好き好んで人前で裸になりたい女が世の中にどのくらいいるだろう。 イマドキはSNSや動画投稿サイトに出せばお金になることもあって、自ら肌を露出する女性もいるが、たいていの女は出したくはないものだ。ましてやAVとなれば、性行為を撮影されて世界中に公開される。そしてそれが未来永劫消えることがない。 セックスにまつわる仕事のギャラが高かったり、女性解放運動で活動家が裸になるのは、それが女性の尊厳や人権につながることだからで、それだけ女が人前で
1月17日


私のエロはどこへ行く?
エッチなものはいけませんと萌え絵やジェンダー表象を燃やすフェミニストが苦手だった。しかし、最近はそういうフェミニストの言っていたことが理解できるようになってきている。 「エッチなものはいけません」なムーブは昭和の頃からあったが、私はどちらかというと、そういうことを言う人が苦手だった。 ハレンチ学園のスカートめくりや、しずかちゃんのお風呂のぞき、ドラゴンボールのぱふぱふなど、少年マンガの「イタズラ」的なえっち描写を批判する人たちの言っていることや書いていることを読んでも何がよくないことなのか、ピンとこなかった。 しかし、近年のSNSで弱者ミソジニー男性の投稿を見ていると、ポルノは現実に有害な影響を与えるものであるということを確信する。 よく、現実と虚構の区別もつかないなどと嘲笑う人がいるが、こと、性的なものに関しては「AVで見た」「週刊誌のハウツー記事にかいてあった」と虚構を信じる男性が多い。 さらに、ポルノは女の人格を見えなくする。ポルノの有害性についてはこんなデータもある。 男性の行動に関する研究で、ビキニ姿の女性の写真を見た男性の脳をスキャン
1月11日


2025年もありがとうございました!
※毎週末にnoteの記事を更新しておりますが、2026年1月3日は更新を休ませていいただきます。 2025年も残り僅かとなった。 26日が仕事納めという方が多かったことと思う。この記事を公開する頃には、すでに帰省先に到着されている方も多いだろう。 写真家マキエマキと名乗るようになって来年で10年。 殊に2019年以降はクライアントワークが激減し、それまでの20数年間とはまるで違う生活になった。 ほぼ毎年安定的にあった収入がなくなり、不安な日々の中、制作だけが生きる支え。そんな状態でよくぞここまでやってきたものだと思う。その中でも今年、2025年は私にとって激動の一年だった。 そんな一年を振り返ってみる。 まずは、2022年からの引き続きでやってきた佐田茉莉子さんのクラファンのファイナルイベント。 佐田茉莉子さんの引退に合わせて何が何でも2025年3月には公開にこぎつけたい映画の制作と引退記念写真集の制作。 映画の制作も重圧だったが、こちらはチームでの仕事なので、私の足りない部分は他のスタッフの方が助けてくれる。とにかく自分の軸をぶらさないことに徹
2025年12月28日


ルッキズムに自己肯定感を削がれる女とおぢアタック
マキエマキとして自分を撮り、商品とは関係ない目線で人を撮ることも増えてきた頃、幾人かの容姿にコンプレックスを抱えるという女性から撮影依頼を受けたことがある。 どの人も彼女たち自身が言うほど容姿に難があるということもなかったし、依頼を受けるたびに「フツーに美人なのになんで?」と思うことばかりだった。 決して引け目を感じるような容姿でもない女性が、なぜそんなにも容姿で自己肯定感を削られているのか。そういう疑問に何度もぶつかった。 世の中には求められる容姿が備わっていないとできない仕事というものもあって、そういう仕事に就ける容姿は、もう一般的なレベルの美醜の感覚で測ることではなく、天から与えられた特別な能力の類なので、そういう人たちと一般の人を同じ目線で見るのは違う。 でも、私に撮影依頼をしてきた容姿にコンプレックスを抱える女性たちは、自分自身の持つ美点に目を向けずに、容姿で仕事をしている人たちと自分とを同じ舞台に立たせて「私は容姿が劣っている」と自分を下げていた。 それを言われるとたしかに彼女たちは「ブス」なのかもしれないけど、それで自己肯定感を持て
2025年12月20日


踏みつける足を拂うために
今週1週間、私のTLに流れてきた話題で最も関心を持った話題は「独身偽装」。 マッチングアプリで既婚男性が独身と偽って女性と交際し、訴えられた件。この件で、東京地裁は男性に約150万円の賠償を命じる判決を言い渡した。 この150万円を安いと思うか、高いと思うかは人それぞれだと思うが、裁判をやったことのある者なら、この金額がむしろ安いと思うだろう。 金額の如何は別にして、こういう事例を引き受ける弁護士がいて、賠償命令が出たということに時代の変化を実感している。これが40年前だったら、いや、20年前でも、引き受ける弁護士がいたかどうかわからない。 弁護士というのは大概、依頼人に経済的利益があるかどうかで仕事を引き受けるものだ。 経済的利益はどうでもいいから、とにかく相手に自分が間違っているということを認めさせたいという感情を持って弁護士事務所を訪れる者も多いかと思うが、現実に民事訴訟で解決するということは正義を通すとか、自分に不利益をもたらした相手に罰を与えるとか、そういうことではない。あくまでも経済的利益という目線で解決を目指す、そういうものなのだ。
2025年12月15日


昭和100年作品展ありがとうございました!
この記事をアップする頃には「愛はファンタジー」大阪展の撤収も終わっているだろう。 去年の8月にプレイリストから流れてきた曲から思いついた昭和100年シリーズの作品展を、昭和100年の年の最後の月にできて、良い一年になったと思う。 展示会場では、BGMに1970代~80年代前半に流行った歌謡曲(今ふうに言うとシティポップ?)を使っているので、在廊中は毎日終日昭和のホモソソングが常に耳に入ってきていたのだが、流れてくる曲の歌詞がどれもこれも違和感だらけで、人がひとり生きて死ぬまでの間に、世の中というものはずいぶん変わるものなのだなと実感する。 そうした中でも、今回の在廊中に特にギョッとしたものが2曲あった。 桜田淳子の「ねえ!気がついてよ」と奥村チヨの「中途半端はやめて」の2曲だ。 歌詞をそのまま転載したり引用すると著作権的に問題があるので詳しい内容は割愛するが、男物のシャツを裸に羽織って、長い髪をかき上げて誘惑しちゃう「私」は18歳という部分。 「男物のシャツを着て髪の毛をかきあげる」という描写は多分ブリジットバルドーの「素直な悪女」や「月曜日のユ
2025年12月7日


文学フリマ論争
「文学フリマのプロ」論争が私のTLに流れてくる。どうやら文学フリマで商業出版本を売ることや、プロの作家が出展していることをよく思わない人がいるらしい。 どうしてそれがいけないのか。文学フリマの公式サイトには「 出店者が「自分が〈文学〉と信じるもの」を自らの手で販売します」 と書いてあるではないか。 公式サイトでは文学フリマについて 「既成の文壇や文芸誌の枠にとらわれず〈文学〉を発表でき、作り手や読者が直接コミュニケートできる「場」を提供するため、プロ・アマなどの垣根も取り払って、すべての人が〈文学〉の担い手となれるイベントとして構想されました。」 と説明している。 (「 」内https:// bunfree.net/about/より引用) サイトの説明を読めば読むほど文学フリマにプロが参加することの何が悪いのかがわからなくなる。「アマチュアが不利だから」といったことを書いている人を見たけど、そもそも文フリは来場者が自分の目で選んで、各々が面白いと思うものを買う場なのだから、有利も不利もないのでは? 「プロは参加するな」の人の主張を読んでいると「本
2025年11月29日


「男の責任」って?
ここ数日、私のXのタイムラインには「コンドームを付けずに膣の入口にくっつけてきた彼氏」の話題が流れてきている。 これに対して「ちょっとふざけてるだけじゃん」と養護する男性のコメントもあって、そういうものを見ていると、やはりこの国は、女にとって地獄なのだなと思う。 ポルノコンテンツでは「中出し」「孕ませ」というワードが気軽に使われているが、そもそも性行為は一人の人間をこの世に生み出すための行為だということを忘れてはいまいか。 今の時代、結婚するまで性交しないという男女は少ない。 早ければ10代前半、大抵は10代後半で初めての性交を経験するものと認識しているのだが「妊娠したら」ということを男性側が軽く考えすぎている。 自分のことを振り返っても「子どもができたら…」という話をすれば「責任取って結婚する」という答えが返ってくるのが常だった。 ドラマやマンガの中でも「責任取って結婚する」というセリフはよく見かけたし「デキ婚」というワードは今や「おめでた婚」と言い換えられ、ブライダル撮影の現場では新婦が妊娠していることも珍しくはなくなった。...
2025年11月24日


月日は流れ 私は残る
マキエマキとして作品を世に出し始めた頃にお世話になった人が、今年のうちに二人も亡くなられてしまった。 そのうちの一人は、私が初めて「個展」というものをやってみたバーの店主、もう一人はマキエマキとして初めて出版社から出した作品集「マキエマキ」を出してくれた出版社の担当編集であるSさんである。 Sさんは、私の個展には毎回必ず顔を出してくれて、作品を買っていただいたこともあった。 まだ六本木のビリオンで個展をやっていた頃は一緒に在廊もしてくれた。 ビリオンの入口に設けた寒い受付の椅子でコートを着込んで、ひざ掛けを巻いて、少し背中を丸めて座っていた姿が忘れられない。 そのころからご体調がすぐれないという話は聞いていた。 とはいえ、60歳を過ぎれば誰しも軽い体調不良がついて回るもので、あまり気にも止めずにいた。 しかし、ここ2年くらいは、かなり心配になってしまうほどむくみが見られることがあったり、ギャラリーに来ていただいたときも長い時間経っているのがおつらそうで、椅子をおすすめしたりしていた。 そして今年に入ってからは3月の初監督作の上映会にも、5月の個展
2025年11月15日


エロのリスク
エロを仕事にすることはハイリスクなことである。 特に、女性が肌の露出を多くして人前に出ると社会生活に支障がでる。 自分のことを言えば、30年近く続けてきた仕事がほぼぜんぶなくなったし、個展に入場料を設ける以前は、性的な目線や言葉を投げてくる人が絶えなかったし、撮影許可をお願いすれば、断られるか、もしくは撮影自体は構わないがネットや書籍には使わないでくれと言われてしまう。 拙著やインタビューではさんざん制作意図について書いているし、ネット上でもどういう意図で制作しているかは書いているのに、肌の露出の多い写真をたくさん上げているとこういうことになってしまうのだ。 もっとも、出版業界で30年以上仕事をしてきているので、そういうリスクは100も承知している。 仕事がなくなったことは痛かったが、クライアントワークを続けながらも、もうそろそろこんな感じで仕事を続けていくのは嫌だなと思っていたし、肌の露出が多い写真を商業施設で撮影することで、施設側にどんなリスクが発生するかも理解しているから、断られることも想定内だ。 まったく世の中というものは、つくづく異質な
2025年11月9日


女性の自己決定権
今週頭に知人の個展を見に行った。 展示の内容をざっくばらんに俗っぽい言い方でまとめると 「5人のセフレとハメ撮りした人妻のセルフプロデュース写真展」 これだけを見ると良識的な人は眉を潜めるだろう。なんという下品で破廉恥なことを、と言うだろう。 しかしこれが感動的であった。 自分の制作のヌルさを叱咤されているようであった。 彼女は「オープンマリッジ」を公言している。 「オープンマリッジ」とは配偶者以外の相手との恋愛や性的関係をお互いに認め合うという結婚形態である。 これ、男性からすると、自分はやりたいけど自分の奥さんがそれをやるのはケシカランと思う人が多いのではないだろうか。 何年か前、ポリアモリーを自称する男性のトークイベントに行ったら、奥さんにも別のパートナーがいたら?と聞かれたその男性が「妻のパートナーは自分が探したい」と答えていて「それ、ポリアモリーちゃうやんけ」と脳内でツッコんだ。 その方は普段から性の自由に関する発信をしている方なので、女性の性に関しても先進的な考えを持っているのだろうと期待していたのだが、所詮は妻の自己決定権は否定して
2025年11月2日


妻を殺す男
Xのタイムラインに「パートナーを殺す男」の話題が流れている。 それらの投稿を読んでいるうちに、そういえば私が昔関わった男でもこういうヤツがいたなと古い記憶が蘇ってきた。 その人に会ったのは20歳くらいの頃だったので、もう40年近くも前のことになる。 とある製薬会社の開発部に勤めている男性と交際していた友人がいた。 当時の製薬会社の開発部門と言えば、接待費使い放題。二人分では接待費として落としづらいので、その友人から誘われて、個人のお金ではぜったいに行かないような高級店での飲食や、赤坂のコルドンブルー、時には銀座のクラブなど、夢のような世界のお相伴に預かることがあった。 こちらが女性2名となるので、あちらも毎回男性の部下を連れており、私は友人の彼氏の部下と、したくもない会話を強いられることになるのだが、一部上場企業の花形部署の男性は皆スマートで、夜職でもない地味女にガツガツと迫ってくることもなく、まあまあ楽しく過ごせてはいた。 そんな「友人のカレシの部下」の一人が、私の連絡先を聞きたがっているとその友人から言われた。...
2025年10月25日


ワニ!ワニ!ワニ!
「温泉ワニ」 この言葉を知っているだろうか?混浴温泉で女性客が入ってくるのを湯に浸かった状態でひたすら待ち続ける男性のことである。 混浴温泉にあまり馴染みのない人からすると、そんな気持ちの悪い人がいるのかと首を傾げるようなことかもしれないが、こういう男性は実在する。しかもさほど珍しくもない。 とある著名な、しかもさも格式高そうにアピールしている老舗温泉旅館で「ワニ」が大量発生してるのに遭遇したことがある。 彼らは、一様に女性の脱衣所の方を向いて湯に浸かったり、休憩用のベンチや床に寝そべったりしながら目を見開いていた。中には女性の脱衣所の出入り口の真ん前に寝そべっている強者もいた。 その旅館ではチェックインの時から年配の男性客のグループが、女性客の方を凝視してニヤニヤしたり、ひそひそと何やら話していたりして、とにかく気持ちが悪かった。 宿としては悪くなかったが、その男性客が気持ち悪く、ある意味、ワニを黙認することで宿泊客や日帰り入浴客を確保しているのではないかとさえ思えてしまうような空気もあった。 ワニが多い温泉にはひとつ共通していることがあって、
2025年10月19日


「黒川の女たち」を観て
重い映画だった。 1945年、日本が敗戦を迎えたとき、満州から引き上げてくる人々の上にどんな不幸が降り掛かったのか、そのことは子供の頃から当時のことを書いた手記、題材にしたマンガや小説で知ってはいた。 巴里夫の「赤いリュックサック」、里中満智子の「あした輝く」は小学校低学年でも理解できるもので、もし、同じことが自分の身に起こったらということを容易に想像することができた。 しかし、その実情はその不幸を経験してきた人だけが知っている。 「黒川の女たち」は、まず、満蒙開拓移民というものが実際にはどういう政策だったのかということを教えてくれる。そして、それが実行される中で起こっていたこと、敗戦により破綻したときに誰が、どんな犠牲を払うことになったのかという現実を見せつける、そういう映画である。 まず、満蒙開拓移民の実情について。 当時の日本は明治維新から続く富国強兵政策を推し進めていた。当時の世界は欧米列強がアジア、アフリカ、南アメリカなどに植民地を持ち、そこから得る富で軍事力を増強し、さらに植民地を広げていくといったことが盛んに行われていた
2025年10月12日
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