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AI異情
AIは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの よしや うらぶれて異土の乞食となりとても つかふものにあるまじや と室生犀星の「小景異情」をもじって、今、私がAIに感じていることを書いてみた。 今週、私のTLに流れてきた目につく話題はSuicaの新しいキャラクターとAIの話題。 正直、3案あるキャラクターを見たときは「どれもなし!」と思ってしまった。 あの仕上がりの悪さは、プロクリエイターの仕事を軽視するとこうなりますという見本のようで、元国鉄がこんなことではこの国にはいよいよ未来がないという感じがしてしまった。 馴染みのあるペンギンの作者とはどういう話で継続使用ができなくなったのだろう。理由はわからないが、デザイナーが何を考えてイメージキャラクターというものを作っているのかというところに考えが至れば、あんなしょぼいキャラクターはきっと作らないだろう。 それはさておき、発表されたキャラクターに対し、素人が勝手にAIで関連キャラクターを作って「この方がいい」とやり出す現象にはなんと名前をつければいいのだろうか。 ああいう行動はギャラリーに来て作
13 時間前


ぜんぶチン●のせい
9月5日、楽しみにしていた二村ヒトシさんとのトークイベントが無事終了した。 神田つばきさんからのご縁で実現したトークだが、二村さんにお願いした瞬間は清水の舞台から飛び降りるような心境だった。 何しろ、二村さんは著書も何冊もおありだし、知名度も高いし、年齢は2つしか変わらないが文化人としてのキャリアは大先輩どころか私から見れば殿上人である。 著書「なぜあなたは愛してくれない人を好きになるのか」は、過去の消化しきれなかった恋愛のアレコレを成仏させてくれたバイブルだ。 そういう方に私ごときがトークをお願いするなんてと怯んだが、せっかく二村さんとお話させていただくなら、長年疑問に思っていたシニア男性の性に関するあれやこれやを話したいとお願いしたところ、その場でOKをいただけて腰が抜けそうだった。 トークを終えて、私が長年抱えてきたシニア男性からの性的加害に対する疑問や悩みが解決したかと言えば、解決はしていない。 しかし、一つの結論を導き出すことはできた。その結論とは 「全部チン●のせい」 ということだ。 渡辺淳一センセイの「男というもの」を何回読んでも男
9月7日


愛と呼びさえすれば?
今週は大泉りかさんのZINE「トーキョー’90クロニクル」を読んでの感想。 17あるエピソードの中にはたくさんの「お金で若い女の性を買う男」が登場する。その中で私が最も嫌悪感を覚えたのが「ボーイミーツガール男」だ。 金を払ってデートクラブに女子高生を物色しにきた30代の男が、カラオケでTRFの「ボーイ・ミーツ・ガール」を歌ったあとで「出会いって素晴らしいよね」と言って食事に誘ってくる。 それは追加料金だとJKりかさんが答えると、男は「そういう付き合い方をしていると性格が悪くなるよ」と捨て台詞を吐くというエピソード。 ああ、これ見たことあるよ。 というか、女の身体を持って生まれてくれば、たいていこういう経験をする。 同じようなことをよく風俗嬢アカウントがXに投稿している。 プレイのあとに食事に行かないかと誘う客、休日に会いたいと言う客。断ると意外そうな顔をしたり売女と捨て台詞を吐かれるところまでがセットだ。いや、売女ってさ、アンタ買いに来てんじゃんとツッコミを入れたくなるが、彼らが思いつく限りの最悪の罵倒が売女ということなのだろう。金で他人の尊厳を
8月29日


それは男の価値ではない
9月5日のトークイベントに向けて調べ物をしようとネットを開いたら、いきなり精力剤の広告が出てきた。このところシニア男性の性的なことについて調べていたせいだろう。 その広告の内容は、20代の頃に40代以上の男性からさんざん望まぬ性的アプローチを受けてきた身からするとかなりツライものであった。 こういうものを見ていると、フェミニストが広告規制を訴える運動も理解できる。 AIで生成された儚げな顔立ちと細い身体に不釣り合いな爆乳の美「少女」と言っていいようなルックスの女性が淫らな表情を浮かべて画面の中で左右に揺れているイラストの下に「5回戦OK」「本気でイかせる」などという文言が炎の中に躍っているのを見ると、女性というものが常に「モノ」として見られている現実を突きつけられる。 一応、アーティストの端くれとして表現物を世に出すことを生業にしている身からすると、安易に性的表現を批判することはしたくないし、私の作品も性的表現であるので、こういうものをいたずらに批判することはいかがなものかと思うが、本音を言えば、性的な広告が不意に目に目に入ってくる状況には規制を
8月22日


男はそういうもの?
何度も書いている性的同意の話だが、今週は特に何の加害意識もなく、ナチュラルに「女性を性欲を解消するためのモノ」扱いしている男性の声が流れてきた1週間だった。 きっかけはお笑いグループ、ジャングルポケットの斉藤被告への求刑からだ。 流れてくるミソジニー男性の投稿で多かったワードは「そんなことで」「もう女には指一本触れられない」「あとから同意を取り消されれば冤罪」といったものだった。 どれもこれもなんて身勝手な言い分だろうと驚き呆れるばかりだが、こういうことを本気で思っている男性の多さには絶望する。私の若い頃にSNSがあって、こういうものを毎日目にしていたら、きっと生きていくことを放棄していただろうと思う。 普段の投稿が女叩きのミソジニーばかりのアカウントだけならともかく、ごくふつうの善良な男性という印象のアカウントが「もう今後は女性には指一本も触れられなくなる」と投稿していたことには言葉がない。この人にとっては何の断りもなく女性の身体に触れることが当然のことだったのかと思うと虫唾が走る。 「女があとから同意をひっくり返せば冤罪」という主張に至っては
8月16日


差別のない豊かな社会ニッポン?
あいも変わらず炎上がつづく「みいちゃんと山田さん」のアニメ化問題、元鈴木さんの破れないストッキング、避難所の性加害、ジャンポケ斉藤氏の性加害に対する求刑の議論など、今日もSNSは女性差別で賑わっている。 今の日本に差別などないと本気で思っている人はどのくらいいるのだろうか。 Xで「まんさん」「女さん」と物言う女性を叩く人たちは自分が差別をしているという意識はきっとないのだろう。 彼らにとってそれは単なる娯楽であり、軽いジョークなのだ。面と向かってそういうことはよくないことだと咎められると、彼らのような輩は気まずそうにニヤニヤと笑ってこういう。 「冗談だよ、冗談」。 それは平成初期の頃に流行った「障害者を差別的に扱って笑いを取る」冷笑系サブカルメディアのようでもあるし、女性を性的に扱うことを娯楽とする昭和のバラエティ番組にも似ている。 あの頃、それを差別と認識しながら消費していた人がどのくらいいたのか。そういうものに対して不快感を口にすれば逆にツマラナイ奴と批判された。 私の親世代は朝鮮人や中国人を差別的に見る人も多かったし、部落差別というものもあ
8月8日


女性の自衛よりも
令和8年熊本地震で被災された方々にお見舞い申し上げます。 7月28日に起きた熊本地震のニュースには耳を疑った。流れてくるネットのニュースに、なぜ今さら10年前のニュースが?と思ったほど信じがたいことだった。2024年の元日に起こった能登半島地震の記憶もまだ新しいうちにまた震災とは。つい数分前まで普通の日常を送っていた人々が何の前触れもなく、突如、日常を奪い去られることに心を痛めている。 こんなときに何もできないのが一般市民の悲しさだが、せめてもの気持ちで今年のカレンダーの売上の一部を義援金に充てることにした。 「少額しかできないのにわざわざ送金するのも…」「どこに送ったらいいのかよくわからなくて…」などと思っている方があれば、マキエマキ公式サイトでの通販もしくは個展期間中に会場で販売しているので乗っかってほしい。 ところで、災害が起こるたびに避難所での性加害の話題がSNSに流れてくるのだが、これについては天災へのやるせなさとは違う感情が湧いてくる。 今回の熊本地震でも 「女性は1人で行動しないで」 「女性だとわかる服装をしないで」...
8月2日


お役所仕事の不条理
ストーカー加害者にGPS装着を義務付けるというニュースが流れてきた。 韓国ではすでに導入されている制度であるが、これが実現したら安心して暮らせる女性が増えることだろう。過去にストーカー被害にあった身としては喜ばしいニュースである。 ストーカー被害は実際に被害に合ったことのない人にはなかなかわからないものかも知れないが、本当に、何をどう話しても埒が明かないものだ。 まず、こちらの話は絶対に聞かない。どんなに強い言葉で拒絶しようともいっさい聞く耳を持たない。 さりとて、暴力で解決することは難しい。力ではぜったいに敵わないし、こちらが手を出さなくても向こうはすぐに暴力に訴えようとしてくる。 殴られたり、車のタイヤをパンクさせられたり、車体に傷をつけるといった嫌がらせをされたことがあるが、殴られたときは流石に警察が駆けつけてくれたが、車のタイヤや車体の傷に関しては、今のようにドライブレコーダーがあるわけでもないので、自分の車両保険で直すほかはなかった。 さらに恐ろしいのは、警察が介入しても現場に警察官がいない限りは、まるで何もなかったかのように平然と現れ
7月26日


エロからエロスへ
私がセルフポートレートを撮り始めたのは閉経がきっかけだった。 月経が始まったときには「これで女になった」と感じた。 社会的にもそういうものであったし、毎月、毎月それが訪れるたびに自分の身体が女の身体であることを思い知らされた。 そうして数十年間、女のしるしとして当たり前にあったものがなくなることで大きな喪失感を覚えた。 自分の中の「女」が消えていくことが恐ろしく感じて、なにか残したいと始めたことが現在の制作につながっている。 元々が自分の裸の状態を記録することから始めたことなので、どうしてもわいせつなものと見られてしまう。 それを回避するために、世間一般の考える「女のハダカ=ポルノ」に結びつかないスタイルを模索していたら、子どもの頃に河原に落ちていたエロ本のビジュアルをあえてやるということに辿り着き、現在に至っている。 1st作品集「マキエマキ」で山下裕二さんは私の作品を「エロスではなくエロ」と書いて下さった。 それはまさに私が思いながらも言語化できずにいたことで、その文を読みながら首がもげるほど頷いた。 私の作品に対して「エロス」という言葉を
7月19日


昭和ホモソ脳おじさんのアップデートできない問題
今週の気になった話題、というか、今回書くことは先週も書こうかと思っていた、まだまだ鎮火しそうもない著名男性俳優と女性俳優の間のハラスメント問題。 読めば読むほどこの男性俳優の感覚と、彼を擁護する男性に団塊世代の昭和ホモソーシャルを感じてしまう。 こちらの意思とは関係無く身体をベタベタ触られる、拒絶すれば排除される、何もかも根性論で言いくるめられる。察しなければ不機嫌を撒き散らされる… 灰皿を投げつけることで有名だった大御所舞台演出家もいた。今ならばパワハラ以外の何物でもないが、それが名物として面白おかしく語られていた。 私の世代はそういうことは当たり前だった。 嫌なことに耐えてこそ本物とか、自分で考えなければ身に付かないとか言われて、やるべきことを教えてもらえず、間違えれば怒鳴られるのは普通のことだった。おかげで確かに身についた事はあるが、それが本当によかったかと言えば決してそうは思わないし、あんな思いをしなくて済むのならそうでありたかったし、そんなことがなければ続けたかった仕事もあった。 炎上している著名俳優の件は当人にNG事項がうまく伝達され
7月12日


説明されたい日本人
今週の気になった話題は「日本の映画ポスターダサい論争」。 これは前々から気になっていた。ついでに言うと「邦題ダサい」問題も気になっているがそれはまた別の機会に。 発端は「バックルームズ」というアメリカ映画のポスターの日本版が本国、韓国、中国のものと比べて説明過多でダサいというXの投稿。 そういえば、他の映画でも、邦画でも、日本の映画ポスターは文字情報をたくさん入れ込んだビジュアルが多い。これがダサいと言われる所以だが、そういうものを作ってしまうのはデザイナーのセンスの問題ではない。 日本人は物事を感覚で捉えるよりも理屈で捉えることが好き、というか、理屈を説明してもらわないと飲み込めない人が多いと感じている。 展覧会や美術館に行っても入り口のステートメントや作品の解説を熱心に読んでいる人が多い。 自分の個展で在廊していても来場者のほぼ全員がしっかりとステートメントを読んでくれる。 その一方で、よく「作品が理解できない」とか「こういうのってよくわからない」と言われることがある。それを言われるたびに説明に困る。 そもそも、作品なんてものは理屈ではなく感
7月4日


MOMATコレクションから感じた近代美術と社会
今週は大泉りかさんとトイアンナさんのトークから思うこともあったのだけど、セックスに関わることを書くと、どうしても恨み節になってしまうので別のことを。 りかさんのトークに関することは、トークのきっかけとなったりかさんの著書を読み終えたら書きます。 で、今週のニュースで気になったこと。 「国旗損壊罪」法案可決。 このニュースに、おい、ちょっと待てよと思った人は多いのでは? まるで治安維持法の時代に戻るかのようなこの流れに戦慄を覚えた人は少なくないだろう。 私はこのニュースに、日曜日に見たばかりの国立近代美術館のMOMATコレクションが頭の中に蘇った。あのコレクションを見たばかりのタイミングでのこのニュースには考えることが多かった。 今日のnoteではそんなことを感じさせたMOMATコレクションの感想と国旗損壊罪に対する危惧を書かせていただく。 先週の日曜日に国立近代美術館の常設展示「MOMATコレクション」を見た。定期的に作品を入れ替えているようだが、今期の展示で強く感じたのは「富国強兵の近代日本」。 前期の朝ドラ「ばけばけ」の中にもちらっと出てきた
6月27日


「飽きる」ことから始まるもの
今週はワールドカップのたびに話題になる日本人サポーターのゴミ集めパフォーマンスなど、書きたいことことがいくつかあったが、最も私の今の気持ちに刺さったのが横尾忠則さんの「飽きることに徹底すると目の前に自由が現れる」というツイート。(いまだに「ツイート」という方がしっくりくるのでご勘弁を) 生きていれば壁にぶち当たることというのは誰にでもあることだと思うが、私はここ3年ほど、壁にぶち当たりっぱなしで、何をやりたいのかがよくわからなくなっていた。 2021年、22年とつげ義春のマンガの舞台ロケを続け、そのテーマで文化庁から補助金をもらって個展をやった。つげ義春テーマは、私がずっとやりたかったことで、それをやってしまったことで大きな喪失感が訪れた。 楽しみにしていたイベント―例えば旅行なんかは準備をしている期間が楽しくて、終わってしまうとぽっかり心に穴が空いたようになってしまうというのは誰しも経験があることだと思うが、私にとってつげマンガテーマの制作というのは、やってしまうと自分の中の何かが終わってしまうパンドラの箱のようなことだった。それでも、やらない
6月20日


還暦という凪の海
昨年の9月頭、還暦を迎える半年ほど前のことだが、高校時代の同級生から1通のハガキが届いた。ハガキには同窓生の還暦祝いの会の簡単な報告と懐かしい写真が印刷されていた。 高校生の頃のことなんて、すっかり遠い過去になってしまっていて、年賀状もすっかり誰にも出さなくなっているので、もう同窓会なんてことには縁がないものと思っていた。 かろうじて数年前まで年賀状をやり取りしていた先生が一人いたが、その先生にも、もうお会いすることもないだろうと思っていた。それが突然、ハガキが届いたのでとにかく驚いた。 宛名書きは件の年賀状をやりとりしていた先生が書いて下さったとのことで、先生の書かれた美しい文字に懐かしさがこみあげてきた。 ハガキには11月にカジュアルなクラス会をやるということも書かれていた。連絡をくれた同級生の住所と電話番号も書いてあったが、すっかりメールやLINEに慣れた身としては、何十年ぶりにハガキで連絡をくれた相手にいきなり電話をするのも気が引けて、11月の会に参加すれば会ってお礼も言えるだろうと思っていた。 その月の下旬、個展をやっているギャラリーに
6月14日


その詰め替えは誰がやる?
最近、スーパーでシャンプーや洗剤を買おうとすると、詰替え用しか売られていないことがままある。これが結構ストレスだ。 男性の方はあまりこういったものの詰替え作業はやらないかもしれないので、わからないかも知れないが、この「詰め替え」という作業は何気に結構な時間と労力のいる作業なのである。 まず、ボトルを完全に空にする。 ここが私のような大雑把な人間には結構なハードルで、シャンプーも化粧品も実は最後までしっかり使い切ったことがない。 クリームのように開口部が大きいものであれば最後まで使い切ることは難しくないのだが、開口部の小さな瓶の底の方に残るものを使い切るのは労力が要る。 シャンプーのような流動性の高い液体ですら面倒なのだから、コンディショナーや乳液に至ってはストレス度合いがハンパない。 最近のポンプ型容器に至ってはメーカーに殴り込みをかけたくなるレベルだ。見た目にはまだまだ残量があるのに、いくらポンプを押してもスカスカと空気しか出てこなくなるあのタイミングに、深い絶望を感じる人は少なくないだろう。 そうなったコンディショナーはポンプを締めて逆さに置
6月7日


阿部慎之助監督辞任のニュースに思うこと
今週も様々な話題が流れてきた。
5月30日


美術展での写真撮影に思うこと
今週の気になった話題は美術展でのスマホ撮影のこと。 これは自分の展示でも思うのだけど、主催者や作家によって、さまざまな考えがあるので、どうするのが正解なのかは難しい。 欧米の美術館では以前から撮影OKだったし、ルーブルやオルセーでは座って模写をしている人もいる。美術の勉強をしている人にとっては、歴史に残る名作を模写したり、写真撮影をすることで自分の創作に活かすことができるというのは大いなる意義のあることだし、美術館側もそれが未来の人材を育てることと考えているのだろう。 かくいう私も、ルーブル美術館でエロいマグダラのマリアを撮りまくったり、コペンハーゲンのセックスミュージアムで最後の晩餐が女体盛りになっているジオラマをマクロレンズで寄りまくって撮影したり、オルセー美術館ではかの有名なクールベの「世界の起源」をカメラに収めた経験がある。 今の制作にはそういう経験が役に立っているし、自分の作品のステートメントを書いたり、制作意図を説明するときに、なにかとクールベを引き合いに出せるのは、そうして作品を撮影させてもらうことで自分のフィルターを通したインプッ
5月23日


「正しさ」を考える
撮影協力 ホテル富貴
5月17日


性の主体性
「最近の女性向けの性の発信がなんか気持ち悪い」という投稿をしたら、プチバス状態になった。 沢山の人が見れば、好意的なコメントも、アンチコメントも飛んでくる。賛否両論のコメントを見ながら、なぜ私は最近の「女性による女性のための性の発信」が気持ち悪いのかと考えてみた。 ひとつはフェムテックとの関連がある。 フェムテックのおかげで生活がより快適ななったことは否めない。 デリケートゾーン専用ソープは閉経してからずっと愛用しているし、性行為で使う潤滑ジェルのみならず、風呂上がりにはボディクリームを塗るようにデリケートゾーンに保湿剤をつける。 閉経後はとにかく体中のあちこちが乾燥するので、そういうものの存在はとてもありがたい。 セルフプレジャーグッズやセックストイも、昔のヘンな熊の形をしたものや、男性性器を誇張したような、しかも素材も見るからに痛痒くなりそうなものではなく、シリコン製のスマートな形状のものが多くなった。 セルフプレジャーは清潔が大事。 昭和のセックストイは女の膣をトイレットペーパーの芯だとでも思っているかのようなものばかりで、外見もお
5月10日


差別なき美しき国 ニッポン
著名俳優のご子息でインフルエンサーのタレントが石原慎太郎元都知事をリスペクトして、都知事になりたいと発言した。 その方は、以前、ひどい女性差別発言をしていた。 石原慎太郎元都知事も、公の場の演説で「三国人」と言う言葉を使って非難されたことに対して「三国人を三国人といって何が悪い」と返したような人だ。 差別が新たな差別が産むという現実を目の当たりにして、日本国憲法第14条を読み返してみた。 「虎に翼」の中でも何度も繰り返し流された、あの条文である。 日本国憲法第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。 件のタレントはまだ24歳という若さである。 日韓ワールドカップの年に生まれた若者が、ゾッとするような差別意識を持っていることも恐ろしいのだが、もっと恐ろしいのは、現代の日本が、そのことを真剣に批判する社会ではないということだ。Xでは炎上騒ぎが起きているが、炎上の内容はこの若者の過去の差別発言に関することではないし、テレビはきっとまだこの若者に出演依頼
5月3日
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