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エロからエロスへ
私がセルフポートレートを撮り始めたのは閉経がきっかけだった。 月経が始まったときには「これで女になった」と感じた。 社会的にもそういうものであったし、毎月、毎月それが訪れるたびに自分の身体が女の身体であることを思い知らされた。 そうして数十年間、女のしるしとして当たり前にあったものがなくなることで大きな喪失感を覚えた。 自分の中の「女」が消えていくことが恐ろしく感じて、なにか残したいと始めたことが現在の制作につながっている。 元々が自分の裸の状態を記録することから始めたことなので、どうしてもわいせつなものと見られてしまう。 それを回避するために、世間一般の考える「女のハダカ=ポルノ」に結びつかないスタイルを模索していたら、子どもの頃に河原に落ちていたエロ本のビジュアルをあえてやるということに辿り着き、現在に至っている。 1st作品集「マキエマキ」で山下裕二さんは私の作品を「エロスではなくエロ」と書いて下さった。 それはまさに私が思いながらも言語化できずにいたことで、その文を読みながら首がもげるほど頷いた。 私の作品に対して「エロス」という言葉を
2 日前


昭和ホモソ脳おじさんのアップデートできない問題
今週の気になった話題、というか、今回書くことは先週も書こうかと思っていた、まだまだ鎮火しそうもない著名男性俳優と女性俳優の間のハラスメント問題。 読めば読むほどこの男性俳優の感覚と、彼を擁護する男性に団塊世代の昭和ホモソーシャルを感じてしまう。 こちらの意思とは関係無く身体をベタベタ触られる、拒絶すれば排除される、何もかも根性論で言いくるめられる。察しなければ不機嫌を撒き散らされる… 灰皿を投げつけることで有名だった大御所舞台演出家もいた。今ならばパワハラ以外の何物でもないが、それが名物として面白おかしく語られていた。 私の世代はそういうことは当たり前だった。 嫌なことに耐えてこそ本物とか、自分で考えなければ身に付かないとか言われて、やるべきことを教えてもらえず、間違えれば怒鳴られるのは普通のことだった。おかげで確かに身についた事はあるが、それが本当によかったかと言えば決してそうは思わないし、あんな思いをしなくて済むのならそうでありたかったし、そんなことがなければ続けたかった仕事もあった。 炎上している著名俳優の件は当人にNG事項がうまく伝達され
7月12日


説明されたい日本人
今週の気になった話題は「日本の映画ポスターダサい論争」。 これは前々から気になっていた。ついでに言うと「邦題ダサい」問題も気になっているがそれはまた別の機会に。 発端は「バックルームズ」というアメリカ映画のポスターの日本版が本国、韓国、中国のものと比べて説明過多でダサいというXの投稿。 そういえば、他の映画でも、邦画でも、日本の映画ポスターは文字情報をたくさん入れ込んだビジュアルが多い。これがダサいと言われる所以だが、そういうものを作ってしまうのはデザイナーのセンスの問題ではない。 日本人は物事を感覚で捉えるよりも理屈で捉えることが好き、というか、理屈を説明してもらわないと飲み込めない人が多いと感じている。 展覧会や美術館に行っても入り口のステートメントや作品の解説を熱心に読んでいる人が多い。 自分の個展で在廊していても来場者のほぼ全員がしっかりとステートメントを読んでくれる。 その一方で、よく「作品が理解できない」とか「こういうのってよくわからない」と言われることがある。それを言われるたびに説明に困る。 そもそも、作品なんてものは理屈ではなく感
7月4日


MOMATコレクションから感じた近代美術と社会
今週は大泉りかさんとトイアンナさんのトークから思うこともあったのだけど、セックスに関わることを書くと、どうしても恨み節になってしまうので別のことを。 りかさんのトークに関することは、トークのきっかけとなったりかさんの著書を読み終えたら書きます。 で、今週のニュースで気になったこと。 「国旗損壊罪」法案可決。 このニュースに、おい、ちょっと待てよと思った人は多いのでは? まるで治安維持法の時代に戻るかのようなこの流れに戦慄を覚えた人は少なくないだろう。 私はこのニュースに、日曜日に見たばかりの国立近代美術館のMOMATコレクションが頭の中に蘇った。あのコレクションを見たばかりのタイミングでのこのニュースには考えることが多かった。 今日のnoteではそんなことを感じさせたMOMATコレクションの感想と国旗損壊罪に対する危惧を書かせていただく。 先週の日曜日に国立近代美術館の常設展示「MOMATコレクション」を見た。定期的に作品を入れ替えているようだが、今期の展示で強く感じたのは「富国強兵の近代日本」。 前期の朝ドラ「ばけばけ」の中にもちらっと出てきた
6月27日


「飽きる」ことから始まるもの
今週はワールドカップのたびに話題になる日本人サポーターのゴミ集めパフォーマンスなど、書きたいことことがいくつかあったが、最も私の今の気持ちに刺さったのが横尾忠則さんの「飽きることに徹底すると目の前に自由が現れる」というツイート。(いまだに「ツイート」という方がしっくりくるのでご勘弁を) 生きていれば壁にぶち当たることというのは誰にでもあることだと思うが、私はここ3年ほど、壁にぶち当たりっぱなしで、何をやりたいのかがよくわからなくなっていた。 2021年、22年とつげ義春のマンガの舞台ロケを続け、そのテーマで文化庁から補助金をもらって個展をやった。つげ義春テーマは、私がずっとやりたかったことで、それをやってしまったことで大きな喪失感が訪れた。 楽しみにしていたイベント―例えば旅行なんかは準備をしている期間が楽しくて、終わってしまうとぽっかり心に穴が空いたようになってしまうというのは誰しも経験があることだと思うが、私にとってつげマンガテーマの制作というのは、やってしまうと自分の中の何かが終わってしまうパンドラの箱のようなことだった。それでも、やらない
6月20日


還暦という凪の海
昨年の9月頭、還暦を迎える半年ほど前のことだが、高校時代の同級生から1通のハガキが届いた。ハガキには同窓生の還暦祝いの会の簡単な報告と懐かしい写真が印刷されていた。 高校生の頃のことなんて、すっかり遠い過去になってしまっていて、年賀状もすっかり誰にも出さなくなっているので、もう同窓会なんてことには縁がないものと思っていた。 かろうじて数年前まで年賀状をやり取りしていた先生が一人いたが、その先生にも、もうお会いすることもないだろうと思っていた。それが突然、ハガキが届いたのでとにかく驚いた。 宛名書きは件の年賀状をやりとりしていた先生が書いて下さったとのことで、先生の書かれた美しい文字に懐かしさがこみあげてきた。 ハガキには11月にカジュアルなクラス会をやるということも書かれていた。連絡をくれた同級生の住所と電話番号も書いてあったが、すっかりメールやLINEに慣れた身としては、何十年ぶりにハガキで連絡をくれた相手にいきなり電話をするのも気が引けて、11月の会に参加すれば会ってお礼も言えるだろうと思っていた。 その月の下旬、個展をやっているギャラリーに
6月14日


その詰め替えは誰がやる?
最近、スーパーでシャンプーや洗剤を買おうとすると、詰替え用しか売られていないことがままある。これが結構ストレスだ。 男性の方はあまりこういったものの詰替え作業はやらないかもしれないので、わからないかも知れないが、この「詰め替え」という作業は何気に結構な時間と労力のいる作業なのである。 まず、ボトルを完全に空にする。 ここが私のような大雑把な人間には結構なハードルで、シャンプーも化粧品も実は最後までしっかり使い切ったことがない。 クリームのように開口部が大きいものであれば最後まで使い切ることは難しくないのだが、開口部の小さな瓶の底の方に残るものを使い切るのは労力が要る。 シャンプーのような流動性の高い液体ですら面倒なのだから、コンディショナーや乳液に至ってはストレス度合いがハンパない。 最近のポンプ型容器に至ってはメーカーに殴り込みをかけたくなるレベルだ。見た目にはまだまだ残量があるのに、いくらポンプを押してもスカスカと空気しか出てこなくなるあのタイミングに、深い絶望を感じる人は少なくないだろう。 そうなったコンディショナーはポンプを締めて逆さに置
6月7日


阿部慎之助監督辞任のニュースに思うこと
今週も様々な話題が流れてきた。
5月30日


美術展での写真撮影に思うこと
今週の気になった話題は美術展でのスマホ撮影のこと。 これは自分の展示でも思うのだけど、主催者や作家によって、さまざまな考えがあるので、どうするのが正解なのかは難しい。 欧米の美術館では以前から撮影OKだったし、ルーブルやオルセーでは座って模写をしている人もいる。美術の勉強をしている人にとっては、歴史に残る名作を模写したり、写真撮影をすることで自分の創作に活かすことができるというのは大いなる意義のあることだし、美術館側もそれが未来の人材を育てることと考えているのだろう。 かくいう私も、ルーブル美術館でエロいマグダラのマリアを撮りまくったり、コペンハーゲンのセックスミュージアムで最後の晩餐が女体盛りになっているジオラマをマクロレンズで寄りまくって撮影したり、オルセー美術館ではかの有名なクールベの「世界の起源」をカメラに収めた経験がある。 今の制作にはそういう経験が役に立っているし、自分の作品のステートメントを書いたり、制作意図を説明するときに、なにかとクールベを引き合いに出せるのは、そうして作品を撮影させてもらうことで自分のフィルターを通したインプッ
5月23日


「正しさ」を考える
撮影協力 ホテル富貴
5月17日


性の主体性
「最近の女性向けの性の発信がなんか気持ち悪い」という投稿をしたら、プチバス状態になった。 沢山の人が見れば、好意的なコメントも、アンチコメントも飛んでくる。賛否両論のコメントを見ながら、なぜ私は最近の「女性による女性のための性の発信」が気持ち悪いのかと考えてみた。 ひとつはフェムテックとの関連がある。 フェムテックのおかげで生活がより快適ななったことは否めない。 デリケートゾーン専用ソープは閉経してからずっと愛用しているし、性行為で使う潤滑ジェルのみならず、風呂上がりにはボディクリームを塗るようにデリケートゾーンに保湿剤をつける。 閉経後はとにかく体中のあちこちが乾燥するので、そういうものの存在はとてもありがたい。 セルフプレジャーグッズやセックストイも、昔のヘンな熊の形をしたものや、男性性器を誇張したような、しかも素材も見るからに痛痒くなりそうなものではなく、シリコン製のスマートな形状のものが多くなった。 セルフプレジャーは清潔が大事。 昭和のセックストイは女の膣をトイレットペーパーの芯だとでも思っているかのようなものばかりで、外見もお
5月10日


差別なき美しき国 ニッポン
著名俳優のご子息でインフルエンサーのタレントが石原慎太郎元都知事をリスペクトして、都知事になりたいと発言した。 その方は、以前、ひどい女性差別発言をしていた。 石原慎太郎元都知事も、公の場の演説で「三国人」と言う言葉を使って非難されたことに対して「三国人を三国人といって何が悪い」と返したような人だ。 差別が新たな差別が産むという現実を目の当たりにして、日本国憲法第14条を読み返してみた。 「虎に翼」の中でも何度も繰り返し流された、あの条文である。 日本国憲法第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。 件のタレントはまだ24歳という若さである。 日韓ワールドカップの年に生まれた若者が、ゾッとするような差別意識を持っていることも恐ろしいのだが、もっと恐ろしいのは、現代の日本が、そのことを真剣に批判する社会ではないということだ。Xでは炎上騒ぎが起きているが、炎上の内容はこの若者の過去の差別発言に関することではないし、テレビはきっとまだこの若者に出演依頼
5月3日


女の結婚は人身売買?
毎朝、映像美を楽しみに見ていた朝ドラ「ばけばけ」が終わってしまった。あとに続いているのは「ばけばけ」と同じ時代の人物をモデルにした「風、薫る」。 両方のドラマを見ていて思うのは、女性の結婚とは人身売買ではなかったのかということだ。 「ばけばけ」と「風、薫る」この2つのドラマは、どちらの主人公も明治維新で没落した士族の娘である。一般庶民の娘とは違い、女が働くことがはしたないとされた特権階級の娘なのである。 明治維新はフランス革命ほどの大きな時代転換ではなかったにせよ、国家転覆であった。 ヨーロッパ諸国でアンシャン・レジームが崩れ去るのと同じように、それまで特権階級であった武士の生活は一変する。 明治維新がなければ、おそらく生涯経済的な困窮とは無縁であったはずの特権階級の娘が、経済的に困窮する姿を、この2つのドラマは描いている。 どちらのドラマも、親が働かないくせに気位だけは高いところも共通している。そして生きていくための糧を得るための選択が娘の結婚であるところも同じだ。 「ばけばけ」の松野家は婿を取り、婿に働いてもらってどうにかしようと縁談を進める
4月26日


メディアに出るということ
撮影協力 八潮秘宝館
4月18日


「みいちゃんと山田さん」で蘇るトラウマ
話題のマンガ「みいちゃんと山田さん」を読んだことはあるだろうか。 作者は亜月ねね。講談社のマガジンポケットで2024年9月から連載されている。 このマンガは、境界知能の女の子「みいちゃん」とキャバ嬢の「山田さん」との関わりを描く。 何をやっても失敗だらけでつまはじきにされるみいちゃん、そんなみいちゃんに自分の姿を重ねて、ほおっていけない山田さんと、みいちゃんを取り巻く人々の、読んでいると心をえぐられるようなエピソードが展開していく。 はじめのうちは可愛さを感じていたみいちゃんのキャラクターだが、物語が進むにつれて、どんどん痛々しくなり、最新話ではついに山田さんがみいちゃんをグーで殴る。 これを読んでいて、過去に関わったさまざまな発達障害、自己愛性パーソナリティ障害の人たちのことを思い出してしまった。 「発達障害」という概念が定着したのはいつのことだっただろう。 1990年代の終盤に、家を片付けられない知人が「私の片付けられないは性格じゃなくて病気だったんだって」と嬉しそうに電話をかけてきた記憶がある。 昭和の頃は「片付けられない」「朝起きられない
4月11日


I heve a dream today!
子どもの頃から女の子らしく振る舞うことが嫌いだった。 「女の子なのだから」と言われることが嫌で嫌で、男の子とばかり遊んでいた。幼稚園の工作やお絵かきでも「女の子なのだからもう少し丁寧に」と言われることに苛立ちを覚えて、ますます汚らしいものを描いたり作ったりしていた。 もしかすると、マキエマキの制作はその頃の「キレイなものなんかぜったいに作ってなんかやらない」という反発がルーツになっているのかもしれない。 先日、Threadsに桜の木の下でスリップ姿で撮影したセルフポートレートを上げたら、なぜかバズった。400件くらいのコメントがぶら下がっていて、そのほとんどが誹謗中傷と取れるコメントだった。 マキエマキを始めた頃、こういう現象がよく起こっていたので耐性はできている。容姿や年齢を揶揄するコメントには何の感情も動かない。 不快と感じたのは、私の容姿や年齢を貶めるコメントではなく 「こんなことをして恥ずかしくないのか」 「家族がかわいそう」 「もっと上品で素敵な女性を目指しなさい」 といった、私を「清く正しく美しく」と導こうとする、ご清潔でご親切なコメ
4月5日


つげ義春さんの訃報に
私が初めてつげ義春の漫画を読んだのは中学2年か3年のことだった。
3月28日


高市総理の笑顔
私は自民党支持ではないし、高市総理のことはネットのニュースやテレビの報道でしか知らないので、あくまでもその範囲内で見た印象として書いている。 高市早苗総理の国会での答弁時やインタビューなどで口元に称えている笑みを見ていると、いかにもホモソーシャルの中で名誉男性として立ち位置を担保されてきたバブルの女だなと感じてしまう。 それは、私自身もああやって男性社会の中で泳いできた身だから思ってしまうことなのだが、あの時代を同じように生きてきた女の大多数が同じことを思っているのではないだろうか。 私の世代の女はバブル期に20代という、性的な資本を最も高く持ち褪せた年代で過ごした。社会に出るとすぐに社会的、経済的に地位のあるおじさんたちから下心たっぷりにチヤホヤされた。 今の時代のように、お金も社会的地位もないようなおじさんが、なけなしのお金を握りしめて路上に立つ女を買いに行ったり、出会い系アプリやSNSで卑しい女漁りをするのとはわけが違う。 お金や社会的地位がある男にしか若い女に声をかける権利がなかったような時代を称賛してるのではない。若い女に支配欲剥き出し
3月22日


2026年版#me too
先週、国際女性デーに性的同意のことを書いたが、今週は先週に増して性的同意の投稿が流れてきた。 「嘘をついてラブホに連れ込む男」の話が私も、私も、と言った感じに流れてきて、2026年版の#me tooかと思ってしまうほどだ。 「カラオケしたいだけだから」「もう少し飲みたいだけだから」などと言ってラブホに連れ込もうとされた経験は私もずいぶんあった。 大抵は仕事上の関係がある人で、クライアントの社長にも言われたことがある。 そういう人から「カラオケしたいだけだから」と言われてラブホの前で手を引っ張られたら、なかなかに厄介だ。 まずは身体が固まってしまうのだが、そうして固まっていると「疑うの?」と言われる。そう言われても、中に入ればセックスまで持ち込まれてしまうのは火を見るより明らかだ。 私はフリーランスなので「嫌です、さようなら!」と走って逃げてしまえばそれで済む。(仕事はなくなるけど)しかし、これが毎日顔を合わせなければならない職場の上司だったり、同僚だったり、取引先の決定権を持つ人物だったりしたらと考えると「嫌です、さようなら」と走って逃げることが
3月14日


国際女性デーに
私のXのアルゴリズムのせいなのか、SNSのタイムラインをはじめ、ニュースにしても、毎日毎日性加害、性犯罪に関するニュースが大量に流れてくる。 毎日毎日自分の身にも起こったようなことが流れてきて、不快でもあるし、過去の傷をえぐられるような気分にもなるしで、こういったことを書くのが最近は辛くなってきている。 今週は特に、前橋地裁の復興ボランティア団体代表による性加害への無罪判決(高橋正幸裁判長)、榊英雄氏の判決からの控訴など、実際にそういった加害にかなり近いものを受けた経験のある身としては、読んでいて苦しくなるようなニュースが連続して流れてきた。 日本の警察、司法はとかく性犯罪に関しては加害者の権利を守りすぎているという印象がある。 最近はストーカー被害に関する対応は随分変わってきたようだが、私がストーカー被害にあった20代、30代のころは 「あなたがきちんと言わないのが悪い」 「事件性がないと動けない」 と、嘲笑われた。 幸い(なのか?)自宅の玄関先でストーキングしていた男に顔を殴られたことで事件性ありとして被害届を受理してくれることになったが、そ
3月8日
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